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Forget me not

by lazy_planet
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ワスレナグサ

Forget me not.

私を忘れないで、と小さく咲くワスレナグサ。

大好きなバンドが、その歌をうたっている。



星野道夫の『旅をする木』は、旅の好きな人、本の好きな人、写真の好きな人、自然の好きな人、多くの人に親しまれているエッセイだ。

そのなかの一章に、この「ワスレナグサ」の話がある。

星野さんは若くして、熊に襲われて亡くなった。だけど、星野さんに会ったことのない人も、きっと彼のことを記憶にとどめている。忘れないでいる。彼の残した著作や、写真をとおして、彼のことを覚えている。

星野さんの奥さんの講演に行ったことがある。

そのとき、奥さんが「ワスレナグサ」の章を朗読してくれた。

とりわけ、そこで見たワスレナグサの姿は忘れられない。私たちは、アリューシャン列島で咲くワスレナグサが、アラスカ本土のものとどこが違うのか、ずっとその花を捜していた。アリュート族の島の人に聞いて、山のガレ場を登ったが、どうしても見つからない。そして、ふと腰をかがめた時、ワスレナグサはすぐ足元に咲いていたのである。見つからないはずだった。それは私たちの知っている風に揺れるワスレナグサではなく、岩陰にはいつくばるように咲く、見過ごしてしまいそうな小さな花だった。
星野道夫 『旅をする木』p.228

ワスレナグサの花はアラスカの州花である、という。星野さんは本当にうれしそうにそのことを多くの人に話していたのだという。

星野さんの記憶を、奥さんは今も語り継いでいる。私たちが生きることのできるのは、過去でも未来でもなく、今しかない。そんな星野さんの言葉を伝えている。
私を忘れないで、というワスレナグサが大好きだった星野さんのために、忘れないよ、と言っているように。

星野さんは、亡くなってしまったが、たしかにその言葉を子どもたちに残している。多くの人に伝えている。彼の言葉のおかげで、僕も生きることができている。つらいことがあったら、思い出している。

ワスレナグサを通じて、星野さんが伝えたかったものを、同じように僕も娘に伝えたい。一日中ずっと娘と一緒にすごしながら、強くそう思っている。

頬を撫でる極北の風の感触、夏のツンドラの甘い匂い、白夜の淡い光、見過ごしそうな小さなワスレナグサの佇まい……ふと立ち止まり、少し気持ちを込めて、五感の記憶の中にそんな風景を残してゆきたい。何も生み出すことのない、ただ流れてゆく時を、大切にしたい。あわただしい、人間の日々の営みと並行して、もうひとつの時間が流れていることを、いつも心のどこかに感じていたい。
そんなことを、いつの日か、自分の子どもたちに伝えてゆけるだろうか。
星野道夫『旅をする木』p.231

彼は、確かにそれらのことを伝えていくことができたのだと思う。多くの彼の伝道者によって。彼の言葉を心に残した多くの人によって。

歌を聴きながら、遠い国の音楽をいまこうして新しい気持ちで聴くことができる喜びを想う。
遠い国のどこかで、継がれてきた音楽。自分の日常には無かったものなのに、どこか懐かしいような、温かさに包まれる。そんな音楽を作ってくれてうれしかった。

星野道夫さんのことを意識しているのか、彼らが知っているのかどうかは分からない。でも、その優しい音色はやっぱり星野さんのことを思い出させてくれる。優しい気持ちにさせてくれる。

優しい時間を娘と共有している。

いま、ここに生きていることをしっかりと、確認しよう。
こうしていられる時間は、そんなに無いのだから。

じゃないと、なんか勿体ない気がする、と。


lazy_planet
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